昭和五十四年十一月二十六日 朝の御理解

 御理解第九十六節 「世の人があれこれと神のことを口端にかけるもの、神のひれいじゃ。人の口には戸が閉てられぬ。先を知ってはおらぬぞ。いかに世の人が顔にかかるようなことを言うても、腹を立てな。神が顔を洗うてやる。」


 おかげを頂きまして末永先生一家が南米に向かう事が出来ました。昨夜六時に飛行機に乗る筈でしたから、直ぐ乗り込んだら電話をかけるように言うておりましたけど、なかなか電話がかかってまいりません。そしたらようやく八時半ぐらいでしたでしょうか、電話がかかって乗り込みをすませたお見送りを致しました、という電話が東京からかかってまいりました。
 ま、本当に今度、合楽が南米に初めて宗教家としての南米入りといのは初めてであって、もう、これからも出来るとは思われません。それが国家の建て前になってしまったそうですから。でも、それこそ一粒ではありますけれども、それが、ま、万倍のおかげを頂かなきゃなりません。それにはもう、いよいよもって神様を信じて疑わない、という信念に基づいての布教でなからなければ、いわばそういう働きも起こって来ないと思うんですけれども。
 先生が今度二年間、こちらへ帰らして頂いて、させて頂いた修行、そしてその神様の働き、というものを、も、寸分違わない働きの中に、今日おかげを頂いたのですから。どんなに考えても識者であれば識者であるほど南米行、いくら合楽でも、これだけは出けん、と、ま、言うて、ま、いろいろ、それこそ取り沙汰されました。随分先生が、信心の非常に親しかった友達までがです。もう、ここ一、二年今度帰ってからはあんまり、やっぱり信じとったばってん、やっぱ合楽でも出来なかったので、がっかりしたんでしょうか、訪ねてくる人もない位でした。
 けれども今度あちらへ移った、と言うたら、またその人達も、ある意味合いで神様の働きの間違いなさに、びっくりするだろうと思います。また、とやこう言うておっても、はゝ神様の働き。とにかく顔を洗うてやるという事は、神様の間違いなさがそこに表れる、という事だと思うんですよね。
 これは、ま、合楽の事を言うてもやっぱ同じですが、ね。成程神様じゃなあ、と人が言うようなおかげを頂いていかなければいかない為に、いうなら腹を立てな、という事なんです。神様の働きには間違いがないのだから、誰が何というても、それを、ね、ま、言いわけをしたり、とやこう、それで自分の心を汚したりするな、と。それが本当な事であれば間違いなく神様はおかげ下さるんだ、という。
 もう今度二年間の先生の信心は、もう本当におかげの手本として、ま、皆が、ね。一つの勇気を、どんな場合でも出るような働きを感じずにはおられません。そこで私共が、その末永先生の場合であっても、二年間という間、祈りに祈り願いに願い、人力の限りを尽くさしてもろうて、もういよいよ駄目だ、という事になったんです。それは丁度先生が怪我をして入院しとる半ばに、もう決定的に駄目だ、という事がわかったんです。
 その時、なら私はどう言うておったか、というと、これが南米行の最後の修行だ、と頂いておりました。ね。もうそれこそ急転直下。もう出来そうにもない事が別な手立てでおかげを下さった。それも、もう恐れ入ってしまう事ばっかりである。神様の、初めからちゃあんと計画というかね。あちらへ前の度、参りました時には満君をお腹に入れて、もう妊娠六ヶ月でした。
 あれが七ヶ月に入っておったら渡航が出来なかったんだそうです、ね。もうギリギリで渡航が出来る、という身体の状態であった。そしてあちらで生まれたわけですけれども、あの子供が生まれておった、という事が、あちらの国籍にありました事がきっかけになって、まあ、もう思いもかけない事になって、あちらの領事から何処でどういうふうに聞かれたのか知らんけれども、ま、その合楽の願いを一遍聞いてみろう、という事で通知があったんです。
 そしたら、その満君が二十歳になればもう、これは当然、親を呼び寄せる事が出来るんだそうです。それがまあだ、そのようやく幾つですかね。二つにもならないのですから、国法から言うたら絶対出来ないんだそうです。それを何処をどういうふうに、ま、して下さったか知れんけれども、初めて会った時に、お話を聞いて承知した、と。
 それでまあ大体七分通りは大丈夫だろうと言うておるのが八分通りは大丈夫ですよ九分通りは大丈夫ですよ。九分九厘は大丈夫ですよ、というその働きがずっとあっておった。もう本当に、本当に九分九厘ですよ。もうそれ迄、なら油断は出来ない、という感じでしたよ、ね。
 『四、五日前壱岐のお父さんが、ま、お別れに見えました。その時に、私神様にお取次させて頂きましたら、丁度子供の時におもちゃがあったが、「木で作った鉄砲」がある。コルクのせんのごたるとが先にヒモがついとる。ポーンち、いうてから鳴る。そしてまたヒモがついとるけん向こう迄は飛んでいかんとですよね。ポンポン言わせるだけの鉄砲です。綱が付いとる、それを頂きましたもん。だから私それを頂いた時に、もうハッとしました。
 折角勢いよくポーンと出る事は出たばってん、また引き戻されるんじゃないか、と思うて、ね。』だから私は公子さんまで話して、こういうお知らせを頂いとったが、これは確かにお父さんの心の状態がね。もう決まるに決まっとろうけれども、心ではもう八十からなられますからね。お父さん若くしとられますけども七十九才、ね。それこそ引き戻したいような心でもあろうというふうに、ま、説明しておきました。
 ところがどっこいその、昨日もう六時過ぎには電話がかかってこやんのにかかって来んでしょうが。これはまたこの前のようにギリギリ九分九厘になって乗れないような事になっとるのじゃないだろうか、と。こんだ私の心ら不安が起こってきた。
 丁度昨日は二十五日の研修でしたが、研修を終わらせて頂いて、それから六時の時間を待たせて頂きましたけども、とうとう電話がかかってきません。それで神様へ御祈念をさして頂きましたら、本当に素晴らしいですね、有難いですね、信心とは。『神様がね、「真の布教が出来る事を願え」とおっしゃったです。もう私の腹は、だから一遍で安心が出来た。
 真の布教が出来る、と言うのですから、も、行ける事は間違いないわけです、ね。私は思うんですけれどもね。その例えば二年間なら二年間待つ。どんな事があっても様々の事があっても、ただ親先生の一言だけを信じて、いわゆる親先生の信心を信じて二年間、いうならば辛抱、というよりも、これは日にちが経てばたつ。
 一ヶ月でもこちらにおって、いわば信心の完璧を願っておったわけですけれども、どんな事があっても、いうならいよいよ駄目だ、と言われても、そんな事はない、という心に、そういう一つの確信のようなものを持っておったに違いないです、ね。そこにこちら日本に、ま、おる間に、私に出来る事だけは、いろいろとさせて頂いきたい、というような願いを立てておかげを頂いとりましたがです。ね。
 人が何と言おうが、顔にかかわるような事を言おうが、ね。それに腹を立てな、と。それに、とやこう言うな、と。神が顔を洗うてやる、とおっしゃるのは、ね。必ずおかげのしるしを見せる、おかげのしるしを見たら、どういう事を言うておっても、成程神様じゃなあ、というてくれるようになる。それが顔を洗う事です、ね。だからその間の、なら末永先生、その二年間の間をです。
 例えば今に見ておれ、とか、どうだろうか、と不安一杯、というようなものじゃなくて、その都度一生懸命皆さんが御承知の通りの修行の中からおかげになる。おかげになるというものが、これに出来てきた、ね。それでもやっぱり最後の日のインタビューの時に、やはりんなら不安がないか、というと不安はある、と。けども右になろうが左になろうが、そこからのおかげを信じておる、という意味の事を話ております、ね。
 だからその信心が出来なきゃならない。何かが起こったたんびんに一回り大きくなる。昨日の御理解でしたが、その御理解を頂いておる時に坂根先生が頂いたのは、その都度に一回り大きくなる、とこうプッと切ったようなものではなくて、これが続いておらなければならない。蚊取り線香の、あの渦巻きのように、ね。渦を巻きながら一段一段大きくなっていかなければならないものだ、というお知らせを頂いとる。
 まさしくその通りです。いうなら信心が切れちゃならん。続いておらなければならん。右になろうが左になろうが、そのなったところから、のおかげが頂けるんだ、という確信です。親先生があゝ言うて下さるから、という確信です。なら例えば昨日ちょっとではあるけれども、これはまだいよいよ飛行機に乗る間際になって、また引き戻される、と。
 前にそういうお知らせを頂いとるもんですから、ね。あの、不安に思いましたら、神様から真の布教が出来る事を願え。もうそれを頂いた時に、はあこれはもう間違いがないな、とこう思わして頂いとりましたら、八時半頃電話がかかってまいりました。何と一時間半、その出発が遅れたんだそうです。ね。こっちはそげな事は知るらんもんだからですね。もう電話がかかって来なんが来なんがと思うとるけどもかかって来ない。
 けども、そういう不安とか心配という時にです。心配のない不安のない、例えばそこに不安のないじゃないけども、たとえ右になっても左になっても、そこからのおかげがあるという事だけは確信出来るような信心をもって、たとえ人が、なら顔にかかるような事を言うても腹を立てな。腹を立てんですむ、そういう内容。それがずうっと二年間なら二年間続いとかなければならない。
 プツッとここで信心をやめるような、ま、いうならば修行を疎かにする、といったような事では、プップッ切れて、ね。一回りづつ大きくなるというのは輪を書いてプッと切れるのではなくて螺旋形に、こうやって繋がって大きくなっていかなければいけないというお知らせを昨日、坂根先生が頂いとります。
 まさにその通りです。だから信心が続けられてさえおれば、そして不安であり心配である時には、それが掻き消せれる位の修行をさせて頂いて初めて本当のおかげになる、という事が言えます。いや本当に神様が顔を洗うて下さる、という事になるのです。成程信心とは尊いものだなあ、成程神様だなあ、という事になるのです。ね。もう合楽の場合は日々、そういう断片的なおかげの事から言うならです、ね。
 なら例えば奇跡的なおかげと言うてもよい、ね。成らんはずのものが成る。開けんはずのものが開ける。それは棚からぼた餅が落ちたようなかんじのおかげにも見えるけども、そこには取次をさして頂いとる私の信心、というものが、ね。その人が右になろうが左になろうが、ね。たとえて申しますならば、日田の綾部さんがずうっとお導き、日田の何とか言ってたね。
 桑野さん、桑野さんの場合なんかがそうです、ね。ギリギリまであゝいうおかげを頂いておられた。だけれどもね。だから、これはも、いよいよ助からんとでも助かるだろうか、とまで思われる位におかげを受けられたけども亡くなる一週間前頃から急に容体が変わって、ま、結局はお国替されました。その一週間の間の素晴らしさに親戚中の者が、桑野家の人達は勿論です。
 今度二十八日ですかね。丁度五十日祭が、ここでございますが、昨日は東京の御兄弟と言われるのが、桑野さんと綾部さんと三人で御礼参拝がございました。もうとてもとても、その話をきいたり実際その場に当たっておって、これがおかげと言わなければおられない、というようなおかげを受けておられる、ね。
 もう昨日は、その御兄弟という方が大変な手厚いというか心のこもった御礼参拝がございました。そしてその五十日祭まで居りたいのだけども、こんな事情で東京の方でございました。帰らなきゃならんからと言うて、その桑野さんと一緒に、も、桑野さんの態度なんかは、もう亡くなられてこっち一遍されました。
 もう本当に素晴らしい神様の働きを、まのあたりに見せて頂いた感じです、ね。いうなら、それまでは綾部さんの、なら何と言うでしょうかね。本当に親戚中から恨まれはせんだろうか、といったような状態下にあったんですけども、そげなこっちゃない親戚中の方達から御礼が言うてもらえるほどしの事なんです。も、神様が、そのおかげのしるしをもって神様の。
 だから右になる左になるは別としてです、ね。そういう働きには必ずなる、という、いうならば確信をもって信心を進めていくならば神様が、必ず顔は洗うて下さる事になるのです。ね。ちょっとこれ聞いとったら、まあ最悪の場合のごとあるけども、そうじゃない。とてもおかげ頂いとかなければ、こういう事は出来ん、というような事が起きてきておるわけです、ね。
 神様が見事に顔を洗うて下さって、これからの信心も続く事でしょうけれども、ね。いうなら親戚の方達までが話を聞いて綾部さんに対しての感謝。そしてならお祭りまで居れないからと言うて、昨日は御礼参拝がございましたがです、ね。それをやっぱり桑野さんが本当におかげち言わなおれん、と言うて話ておられるから親戚の方達もそうだろうと思うです、ね。
 兎に角私は神様を、いうならば信じて疑わない生き方、というか又は不安である時には、その不安が消し飛んでいくような修行をさして頂いて初めて、ね。顔を洗うてもらえるような信心。おかげになってくるし、そういう事が、事あるたんびんに、あゝ神様ちゃ間違いないなあ、という確信が、いよいよこの輪を大きくしていくわけです。
 切れるもんじゃない。繋がって、信心がずうっと繋がっておりながら、そしてこうやって大きくなっていかなければならん、という事を昨日、頂いております。まあそうにゃお願いしたばってん駄目だった、とか何とかいったような考え方ではなくて、信心が続けられていく限り、いうなら神様が顔を洗うて下さる、顔を立てて下さる、おかげの実証をそこに見せて下さる、という事でございます、ね。
 今度末永先生達の、今度の南米布教、と言うのは、ね。教団にとっても大変なおかげだと思いますね。金光教の信心が南米に、しかも正面から堂々と入れた、というだけでも金光教にとって大変なおかげである、と思います。ね。そういう事から段々合楽も随分いろいろ、ま、評判が本部あたりではよくないですけれども、これは人情と神情の相違ですから仕方ありません。
 昨日も布教部長ですかね、若先生とこの頃教務所で会った時に、大坪先生もう合楽の評判が悪いですよ、ち、と、のっけにその事を言われた、と言うのですから。どこが悪いかは分からんけれども、人情と神情の開きが、いわば人情の人では神情の事は分からん、という事を思わしてもらいます。
 『昨日私が朝、ここの外に出て、いつも天地を拝ませて頂く時に、拝ませて頂いて天を仰いで拍手をして拝んで、こう手を上げた時に、もうそれこそ、この宙天高くというかね。あの何と言うでしょうか、あの丁度百人一首なんかに書いてある、あのような絵の人達、それこそ絵巻物のように、ずうっとあのう、ま、宮廷なら宮廷に昔の方達が勤めておられるような方達の姿をずうっと頂いたんです、ね。いうならば貴族化した金光教という事なんです、ね。
 だから本当、大体は言われとるです。宗教が貴族化したら、も、命はないのと同じだというふうに言われるんです。ね。』だからいうならば、それは言うておられる事は、もっともな事ですけども、問題は人が助からなければならない。それが宗教の芯なんですから、ね。
 「楠木正成が、あの天皇の兵を挙げて足利高氏との戦いの時に、とても天皇陛下の軍が兵隊が少ないから、これは夜撃をかけなきゃいけない。計略を巡らしてからの戦争でなからなきゃ勝ち目はない、と言うて進言したんですね。そしたらその、いわゆる貴族化した天皇の方達がです。卑しくも天皇の軍隊がです、夜撃をするような卑怯な事をしてはいけない、と言うて猛反対を受けたわけです。だから、も、仕方なしに、もう負ける戦争と分かりながら戦った」という話がありますようにね。
 ですから人情でいくと神情でいく、との考え方。私の生き方は、人が何と言うても人が助かる事さえ出来ればよい、という生き方、ね。例えばなら人が馬鹿と言うても阿呆と言うても、今日の御理解のような所を私共はずうっと心の中に頂いて、神様が必ず顔を洗うて下さる。それを信じておるから、人の助かる手立ての事をする。人から笑われちゃならん、悪口を言われちゃならん、という人情一杯でいけば、それはよいかも知れませんけども、ね。
 それでは人は助かりません。そこの開きがあるのですから、それこそ楠木正成です。いよいよ楠木太りに太らせて頂いて、いわば正しい正成、正しく繁る。正しく繁って、いよいよ大きくなっていく以外はないなあ。貴族化した金光教の方達を相手にしたっちゃ仕方がないな、と、私は昨日の朝思いました。
 だから、どんなに評判が悪かったっていい。合楽は益々助かっていかなきゃならない。しかも今度は、いうならば合楽の信心。それは合楽の信心、と言うても教祖金光大神の信心が合楽に現れ、その合楽に現れた信心が、また南米に現れる、というようなおかげになっていく事でしょう。そしてそれは五十年先百年先かわかりませんけれどもです、ね。
 合楽で金光教の、いうなら草分けというのが、合楽の信心によって合楽理念に基ずかれて、いうならば今日の南米布教がある、と言われる時代が必ず来るでしょう、ね。それはだから顔を洗うて下さる、という事は、もう例えば何年してから、今度の末永先生の場合は二年かかったわけですけれども、それが五十年先か百年先か分からんような事さえあるのじゃないでしょうか、大きく言うたら。
 合楽が海外布教海外布教と偉そうな事ばっかり言う、というふうに言われとってもやっぱり、それが本当に実現して教団の、いうなら発展のお役にも立つ事にもなるのですから、ね。だから目先の事を言うとってはならん。そこで、いちいち腹を立ててはならない、ね。
 神様を、いよいよ信じてしかも、その信心が続けに続けられて螺旋形に、いうなら蚊取り線香のように、いよいよ偉大な馬鹿と阿呆にならせてもらう、生き方が続いて一回りづつ大きく段々なっていく、という事になるのです、ね。皆さん、その辺のところをようく一つ心の中に置いて信心させて貰わねばならない。
 信心させて貰えば、本当に、ただびっくりするようなおかげが頂ける、という事だけではなくて、頂きます、けれども、その期間に於てはです、ね。本当に言い訳の一つもしたいような腹の立つような事もあろうけれども、そこんところが、私は信心辛抱だ、というふうに思います。
 そしてなら限りない信心が続けられての一回り、何かが起こるたんびんに何かがあるたんびんに一回り大きくなるという事は、おかげの受けものが大きくなる、という事ですから、おかげが成長していく。それはなら椛目から合楽にかけての、合楽の信心を皆さんが思うて下さったらいいです。何かがあるたんびんに大きくなっていく、というのが、私はお道の信心だと、いうふうに思います。どうぞ